クラスメートは今ごろ、枕投げをしている時間だろう。高校の修学旅行は貧乏だから諦めた。
8畳一間のアパートで、「わたし」はトイレに行きたいという難病の母を起き上がらせようとしている。「脳腫瘍(しゅよう)見つかったの」と唐突に言われた。なんでうれしそうに言ってんねんってツッコむこともできず、気がふさいでいく。
何度やっても、うまく立ち上がらせることができない。「立てないもん。トイレ漏れる」と母は言い、わたしは「漏れるのはトイレじゃなくてうんこやろ」と言い返す。
何とか一歩踏み出すと、今度は魚の腐ったような臭いが鼻をつく。母は歯槽膿漏(のうろう)で口からひどい臭いをさせていた。
顔をそらした瞬間、肩を組む体勢のまま2人で倒れ込んだ。
その拍子にたんすの上から段ボールが落ちてきた。わたしの頭に健康器具が直撃してもだえていると、母も別の段ボールの下敷きになっている。
「あっ」
気づいたときには、もう遅い。
「もれ、もれる」
母がろれつが回らない声とともに身じろぐと、わたしが家族に隠していたBL本が、段ボールからどさどさ出てきた。
絶望的な状況。虚無になる。泣いてしまいそう。
その時、BL本が布団の上にあったリモコンに当たって、大音量でテレビがついた。
「でもそんなの関係ねえ!」
海パン一丁で叫ぶ小島よしおの声だった。
わたしは母と目を合わせた。肩が震えて、声を上げて笑った。
◇
「悲劇というものに押し込められない、その外側にある喜劇的なものを書きたかった。フィクションの小説だからこそ、書けるリアルがあると思う」
親の介護をしている「かわいそう」な高校生に大げさなくらい同情してくれる担任の先生や、「家族に絆があるからケアできる」という価値観――。上村裕香(ゆたか)さんは、デビュー作「救われてんじゃねえよ」(新潮社)で、そうした「枠組み」に押し込まれまいと抵抗する主人公・沙智(さち)の物語を書いた。
上村さんは2000年生まれで、高校時代に難病の母を介護していた。立ち上がらせようとした母と倒れて、笑ってしまったのは、上村さんの実体験だ。
「こういうことを人に話しても、素直に面白いとは受け止めてもらえず、『大変だったね』となってしまう。じゃあ、あの時の笑いってなんだったんだろう、と」。小説にしてみることにした。
笑いを持ち出したのは「定型の物語」への抵抗でもあった。
母の介護をしていた時期より…